第5章 夜の香港、交錯する諜報戦
1.香港到着
真夜中の香港国際空港。静寂の闇に包まれた貨物地区の一角に、一機のプライベートジェット機が降り立った。機体はガルフストリーム G280。コックピットで操縦桿を握るのは、JSIAのトランスポート担当佐々木喜朗(ささき・よしろう)。元航空自衛隊F-15エースパイロットでもある彼は、定時ルートから少し外れた時間帯での着陸を巧みにこなし、管制塔とのやり取りを最小限に留めている。
タラップが下り、機内から姿を現したのは3名の男たち。銃火器こそ持ち込んでいないが、いずれも鍛え上げられた体躯と険しい眼差しを備えている。先頭を切るのはJSIAベテランの鈴木一歩(通称イッチ)。57歳にしてなお衰えを知らぬ武骨な男で、かつてペルー日本大使公邸占拠事件でも人質解放作戦に参加したというレジェンドでもある。その後ろに並ぶのが、身長173cmで筋肉の塊のような**吉田尚也(マッチョ)と、チーム最年少の村上宗徳(ムネ)**だ。
「香港か……ずいぶんと昔に一度来たきりだが、まさかこんな形で再訪することになるとはな」
イッチが低くつぶやく。マッチョは空を見上げながら続ける。
「観光客で賑わう昼間の香港しか知らなかったけど、今は世界的に緊張状態だし……表向きは派手でも、裏では相当きな臭いことになってるだろうな」
ムネは携帯端末を取り出し、事前に共有されていた合流ポイントの地図を確認する。
「ソーさん(大谷聡平)は尖沙咀(チムサーチョイ)のホテル近くで待機しているとのことです。CIAのアーロンという担当官も一緒みたいで、我々の到着を待っているらしいですよ」
「よし、手早く移動だ」
イッチの指示で3人はタラップを降り、佐々木と短い会話を交わす。佐々木はガルフストリームを安全な格納庫へ回送し、いつでも離陸可能な態勢を整える段取りだ。その後、イッチたちは一切の目立つ荷物を持たず、あくまで“ビジネスマン”を装った服装でターミナルのほうへ向かった。
香港は深夜にもかかわらず、空港内には一定数の客がいる。イッチたちは一般客の流れに溶け込みながら入国審査を通過する。事前に**ボス(栗山秀和)**が手配した偽造書類とカバーストーリーは万全であり、質疑応答でも怪しまれることなく晴れて入国を果たしたのだった。
2.尖沙咀の夜 ソーとの再会
タクシーで九龍半島の中心部・尖沙咀へ移動したイッチ、マッチョ、ムネの3人。到着したのは、香港でも一等地にある繁華街の一角だ。光り輝く看板の下には人波が続き、観光客や夜遊び客の喧騒が途切れない。しかし、少し路地裏へ入れば犯罪や密売が横行する闇の世界が広がっており、治安は決して安定していない。
指定されたホテルのバー・ラウンジに入ると、そこには既に**大谷聡平(ソー)**とCIAのアーロンが席を取って待っていた。ソーは身長190cmの体躯を隠すようにカジュアルなジャケットを羽織り、キャップを被っている。アーロンはブロンドの短髪をした30代後半の男で、CIA香港支局の中堅捜査官だ。
「お疲れ、みんな。無事に来られたようで何よりだ」
ソーは仲間たちの到着を歓迎するように微笑む。マッチョがすぐに手を差し出し、互いの拳を軽くぶつける合図をする。
「ソー、一人でよく踏ん張ってたな。香港の状況はどうだ?」
イッチが促すと、ソーは隣のアーロンに目配せしながら答える。
「中国当局や香港警察の動きは一見静かだが、裏では我々を嗅ぎ回っているかもしれない。実際、CIAも大っぴらには活動できず、アーロンも俺も常に警戒態勢だ。“センター”の連中は相変わらず香港の雑居ビルでサイバー攻撃を続けているらしく、台湾と日本の被害が拡大する一方だ」
アーロンが口を開く。
「Nice to meet you, gentlemen.(皆さん、初めまして) 私たちCIAは香港支局として情報収集を進めていますが、公式には動きづらい。中国政府と香港警察がグルになれば手も足も出ません。だからこそJSIAとの協力が重要なんです」
彼の日本語は若干訛りがあるものの意思疎通には十分だった。イッチとマッチョ、ムネは軽く会釈し、それぞれ英語で挨拶を返す。
「アーロン、ありがとう。詳しく話を聞かせてくれ」
イッチが腰を下ろし、周囲にあまり人がいないことを確認してから、低い声で切り出す。
3.“センター”の現状とCIAの偵察
アーロンはタブレットを取り出し、香港の地図を表示した。尖沙咀から少し北に行った、雑多なビル街を指し示す。
「我々が追跡している“センター”の本拠地は、グローバル・リンク・ビルという古い雑居ビルの5階だ。ここで彼らは膨大なコンピュータと通信設備を使い、世界各国へのサイバー攻撃を指揮している。君たちJSIAの分析どおり、深夜から早朝にかけての活動が特に活発で、日本や台湾へ向けたDDoS攻撃や侵入行為が行われているらしい」
マッチョが画面を覗き込みながら尋ねる。
「人数はどれくらいなんだ?」
「5人の主要ハッカー“ゼロ”“ラビリンス”“ムック”“ブラスト”“ホイール”が核となっていて、周辺サポート要員が数名いる可能性がある。さらに中国本土の諜報員“張飛”(本名:劉志鵬)や、その部下とおぼしき人物が不定期に出入りしている。つまり最大で10名前後になるかもしれない。ただ、全員が武装しているかは不明だが、護身用の拳銃くらいは持っている可能性は高い」
ムネが思案顔になる。
「10人ぐらいなら、特殊部隊の経験がある我々で制圧可能かもしれませんが、問題は香港警察ですよね。大きな銃撃戦になれば、間違いなく駆けつけてきますし、そうなればこっちが逮捕されるリスクもある」
「そうなんだ。警察や中国政府にしたら“民間ハッカー”がいるだけ、という建前でしかない。それを国際的な情報機関が強襲したとなれば大問題。だから表立った強行手段は避けられないんだよね」
ソーが苦い表情で付け加える。
イッチは腕を組み、しばし沈黙した後に口を開く。
「だが、やらなきゃならん。彼らがサイバー攻撃を主導しているうちは、日本と台湾が好き放題にやられてしまう。尖閣や台湾の島は中国海軍が既成事実化を進めている。時間はあまりない」
アーロンは苦々しくうなずき、タブレットを切り替えて別の画面を表示する。
「君たちがもし“センター”を物理的に制圧するなら、まずは彼らのネットワークを分断し、外部への通報手段を封じる必要がある。香港警察に通報されたら一巻の終わりだからね。そこで――」
アーロンが詳しい作戦概要を語り始める。CIAの協力はあくまで「非公式」で、いざという時には手を引かざるを得ないが、それでもハッキング対策や逃走経路の確保など、一定のサポートを約束してくれるという話だった。
4.ノブの奮闘 日本本部にて
一方その頃、東京のJSIA本部の地下施設では、IT担当の**山本伸吉(ノブ)**が不眠不休でコンソール画面と向き合っていた。彼の周囲には膨大なモニターが並び、日本や台湾をはじめとする各地のサーバーへの攻撃ログが絶え間なく流れている。現在、日本政府はかろうじて緊急時の予備システムで運用を続けているが、いまだ甚大な被害を受けている状況だ。
「まったく、なんて攻撃量だ……。相手のBotネットは世界中の感染端末を使ってるから、対策を打ってもすぐに別のIPから攻撃が再開される。人海戦術というか、機械海戦術だなこりゃ」
ノブは額に浮かぶ汗を拭いながら、次々にコマンドを叩き込む。
背後にはデータ分析担当の峰不二子が立っており、同じくモニターを注視していた。普段は事務所で大人しめに分析をしている彼女だが、女性ということを理由に甘く見る者を容赦なく論破するほどの頭脳派である。
「ノブ、侵入されている端末の洗い出しはどう? どの省庁が危険度高い?」
峰不二子は冷静な声で問いかける。
「今のところ、防衛省関連サーバーの奥深くまでは突破されていないみたい。けど、総務省や外務省、さらには地方自治体のシステムにも感染端末が見つかってる。それらが踏み台にされている可能性もあるんだ。国内全体に波及してると考えていい」
ノブは悔しそうにキーボードを叩く。
「でも、君のおかげで最悪の事態は避けられているわ。いったん制圧されたかに見えたシステムも、今は一部復旧したし、官邸からの通信が多少なりとも回復している。それに香港のソーたちとも安定して連絡が取れている」
峰不二子はそう言って、わずかに慰めるような視線をノブに送る。
「ありがとう。でも、まだまだ状況は厳しい。尖閣の魚釣島はほとんど中国軍が占拠してるようなものだし、台湾南方の七美郷だって中国軍が上陸してるっていう。政治も機能不全気味で、事態を打開できるのはボスたちJSIAだけ……。ここで俺が踏ん張ってサイバー面で支援しなきゃ」
ノブは自分を鼓舞するように言い、さらにモニターに目をこらす。すると、その一画に不審なログが浮かび上がった。香港から日本側への攻撃トラフィックとは別に、中国本土と香港を結ぶ怪しい通信が見つかったのだ。
「なんだこれ……? “センター”のものとも思われるが、本土側のサーバーが奇妙だ。軍関連施設じゃない。民間企業を装ってるけど、ポートの開き方が明らかに不自然」
ノブは慌てて追跡解析を始める。
峰不二子が傍らで画面を覗き込み、「中国諜報部“張飛”が使ってるルートかもしれないわね」と推測する。もしこれが本土側の指令サーバーであれば、“センター”とのやり取りが克明に記録されているはず。そこには中国軍部の関与を裏付ける決定的証拠が含まれているかもしれない。
「よし……通信を傍受できれば、香港の作戦に合わせて決定的証拠を押さえられるかも。うまくいけば関羽瑠や周平金との繋がりも立証できる……」
ノブの目が一気に輝きだす。
日本国内でノブが必死にサポートする一方、香港現地ではイッチ、マッチョ、ムネ、そしてソーが動き始める。これから始まる作戦は、まさしく“時間との戦い”であった。
5.“センター”本拠への準備
香港の夜は深い。尖沙咀の裏通りにある小さなビルの一室で、イッチ、マッチョ、ムネ、そしてソーがCIAから借り受けた機材を検分していた。アーロンは直接的に関与を避けるため、必要な装備と情報だけを渡して姿を消している。
テーブルの上には、非致死性の装備(スタンガンや警棒、麻酔弾ピストルなど)が並ぶ。香港の法律や政治的リスクを考慮し、銃撃戦はなるべく避ける方針である。万が一銃を撃ってしまえば、国際問題に発展する危険が高いからだ。
「ふう、実弾の銃火器なしってのは心許ないが、仕方ないか」
マッチョは渋い顔でスタンガンを手に取る。一方、イッチは小型カメラや通信機器を丁寧にチェックしている。
「物証を押さえるのが今回の狙いだからな。相手を排除するより、証拠を確保してサイバー攻撃を止める方が優先度が高い。幸いCIAが回収用ハードディスクや解読ツールも用意してくれている」
ムネが地図を見ながら計画を確認する。
「目標ビルへの侵入は非常階段を使うんですよね? 内部の構造はソーさんが既に下見したんでしたっけ?」
「そうだ。ドアのロックは電子認証システムが付いているが、昨晩CIAが遠隔でクラッキングしてくれた。こっちで携帯端末から一時的に解除できるようにしたらしい。もっとも、すぐ警報が鳴る可能性が高いので時間との勝負だ」
ソーが説明しつつ、端末を操作してテスト画面を確認する。
イッチは腕時計を見る。既に深夜1時を回っており、“センター”の主要メンバーが活発に活動を始める時間帯だ。
「やるか。みんな、油断はするなよ。中国本土の諜報員が出入りしてるかもしれん。万が一ヤツらが銃を持ってたら、こっちは無力化するしかない。非致死性で対応しきれなければ……まぁ、最悪の事態も想定しておけ」
それぞれが覚悟を決め、準備を終えると、4人は小声で合図を交わし合い、闇へと溶け込むようにビルを後にした。これより香港・グローバル・リンク・ビルへの“突入”が始まる。
6.潜入作戦の始動
午前2時過ぎ。ネオンの下で酔客が行き交う尖沙咀から少し離れた雑多な街区。路地裏に建つグローバル・リンク・ビルの周囲には、夜間にもかかわらず時折タクシーや人々の姿があるが、ビル自体はひっそりと闇に沈んでいるように見える。表の看板には「エイジア・テック・ソリューション」とか「デジネット香港」など、よくわからないIT企業の名前が並んでいた。
建物の正面口はオートロックがあるが、非常階段につながるサイドの扉に回ると、小さなセキュリティカメラがあるだけだった。ソーが慎重に死角をつきながら扉のそばに近づき、携帯端末を操作する。
「……CIAが用意したアクセスキーを送信……よし、ロック解除の信号が行った。あと10秒ほどで内部システムが一瞬フリーズするはずだ」
ソーが小声でカウントを始める。5秒、4秒、3秒……。そして暗い電子音が一瞬鳴って扉のランプが緑に点灯した瞬間、ムネがドアを引いた。
「開いた!」
躊躇なく全員がビル内へ滑り込み、ムネが素早く扉を閉じる。同時にロックは再び作動するが、一度内側に入ってしまえば出入りは自由だ。廊下は薄暗く、コンクリートむき出しの階段が上へと続いている。警戒を怠らず、足音を殺して4人は上階を目指した。
ビルの5階が“センター”の本拠地。CIAの情報では、同フロアを丸ごと借り上げているらしく、内部にはサーバールームや作業スペースがあるという。いつ発見されるとも限らないため、短期決戦が求められる。
途中の踊り場で、マッチョが耳を澄ます。上方からうっすらと聞こえるのは、換気扇とPCファンの音、それに混じって複数人の話し声。英語と中国語が入り混じった声がかすかに漏れてきた。
(奴ら、仕事中ってわけか……)
マッチョが心の中でつぶやく。ソーと視線を交わすと、互いにうなずき、さらにゆっくりとステップを進める。
7.銃声――思わぬ発覚
5階の踊り場に到達した瞬間、扉の向こうから突然何かが割れるような音と怒号が聞こえた。英語と中国語が入り乱れ、「おい、ふざけるな!」「パスワードが違うだろう!」などと荒れた声が響く。どうやら“センター”内部で何らかのトラブルが起きているようだ。
四人は顔を見合わせ、イッチが小声で指示を出す。
「慎重にいくぞ。内部が混乱しているなら、逆に好機かもしれん。だが発砲があったら即座に対応しろ」
彼らが扉を少し開けて廊下を覗くと、そこには血相を変えた2人の男が言い争いをしながら歩いていくのが見えた。一人は長身で色白の金髪――コードネーム「ゼロ」かもしれない。もう一人は小柄なアジア系で、拳銃を右手に握っている。
「……何があった?」「本土との通信が切れたんだよ、そっちのせいじゃないのか!」
などと口論している様子から察するに、“センター”と中国本土の指令サーバーとの接続にトラブルが生じたらしい。もしかするとノブが見つけた怪しい通信に介入した結果かもしれない。
そのとき――不意に小柄な男がゼロの胸倉を掴んで激昂する。「ふざけるな、俺たちは張飛の命令で動いてるんだぞ!」と叫んだ瞬間、ゼロが振り払うようにして殴りかかり、拳銃が床に落ちた。やがて2人は取っ組み合いになりながら、廊下を奥へ転げ込んでいく。
マッチョが仰天した顔で呟く。
「中で仲間割れしてるのか?」
イッチは咄嗟の判断を下す。
「チャンスだ。急いでサーバールームを抑えろ。ソー、扉はどっちだ?」
「右手奥がサーバールーム、左手が作業スペースだ。メンバーが他にもいるはずだ」
ソーが答え、4人は素早く廊下を駆け抜ける。途中、振り返ったゼロと目が合いそうになったが、彼はまだ揉み合いに集中しており、JSIAの侵入には気づいていないようだ。
8.サーバールーム制圧
サーバールームの扉は頑丈なセキュリティドアだが、CIAから渡されたアクセスキーを使えば一時的に開錠できる。ムネが端末をかざすと、電子ロックが解除音を鳴らす。ドアを開けた先は冷却ファンの轟音が満ちる薄暗い空間で、壁一面にサーバーラックが並んでいた。
「……うわぁ」
マッチョが声を上げる。大量のブレードサーバーとケーブル類、そして何台ものモニターが配置されている。その一角に黒髪の女と痩せ型の青年が慌てふためいていた。女はおそらく暗号技術の担当「ラビリンス」、青年はネットワーク攻撃の専門家「ブラスト」かもしれない。
「誰だ、てめえら!?」
青年がシャウトするや否や、イッチが前に出てスタンガンを構える。女は何が起きたか分からず後ずさり、ブラストは机の上にあった拳銃に手を伸ばそうとした。しかしマッチョが素早く動き、スタンガンを一閃。ピリリという音とともにブラストが床に崩れ落ちる。
「う、うわぁぁ……」
ラビリンスは恐怖で叫びかけるが、ソーが口を押さえて「静かに!」と威圧する。彼女は怯えたまま動けない。ムネが手早く彼女の両腕を拘束し、声を潜めて言う。
「抵抗するな。我々は殺しはしない。おとなしくしていろ!」
ラビリンスは必死に叫ぼうとするが、ここで揉めれば銃声や大声を他のメンバーに聞かれて警察を呼ばれかねない。マッチョは警棒でブラストの拳銃を蹴り飛ばし、回収。床でうめく男を仰向けにさせ、腕を縛る。
「よし、確保だ。サーバーを落として外部への通信を遮断しろ」
イッチが指示を出すと、ソーがすぐにコンソールに向かい、LANケーブルを強引に引き抜き始める。同時にコンピュータに接続してきたUSBキーで一部のシステムを乗っ取ろうと試みる。CIAが用意したツールは強力なマルウェアで、ローカルネットワークを制御下に置くことができる。
「よし、ネットワークダウン。ここから外部への大容量通信は止まったはずだ」
ソーが息をつきながら報告する。「ラビリンス」が怯えた目で睨んでくるが、マッチョが立ちはだかり、それ以上の行動を封じる。
「お前たち……何者……」
彼女はか細い声で問いかける。ソーは答えず、さらにUSBキーをPCに挿し込んでデータを吸い上げ始める。ハッキングログや攻撃スクリプト、そして通信記録を一気にコピーするのが狙いだ。
9.作業スペースでの銃撃戦
サーバールームを制圧したイッチたちだが、外の廊下から再び怒鳴り声が聞こえてきた。
「何なんだ、おい! 誰が入って来たんだ!?」
甲高い声はおそらく「ホイール」というマルウェア開発担当か。「ムック」というソーシャルエンジニアリングの専門家もいるかもしれない。いずれにせよ複数人がいる様子だ。しかもバタバタと足音がこちらに向かってくる。
イッチが咄嗟にドアの向こうへ耳を澄ます。すると、金属を引く音、つまり銃のスライドを引くような音がした。
「くそっ、武装してやがる……。迎撃するしかないな。マッチョ、ムネ、準備だ」
扉が開いて向こう側から数発の銃弾が飛び込んでくる。コンピュータラックに当たって火花が散り、金属音が響く。
「ちっ!」
イッチは素早くスタンガンを構えるが、相手が銃を撃ってきている以上、応戦しなければこちらが危ない。だが、香港警察が駆けつける前に決着をつけなければならない。
マッチョが警棒を投げるように扉の隙間から投げ込み、相手の注意を逸らす。それと同時に、イッチとムネがタイミングを合わせてドアを開け、スタンガンと麻酔弾ピストルで相手を攻撃。相手は咄嗟に回避しようとするが、一人が麻酔弾を肩に受け「うっ!」と声を上げて床に崩れた。
「くそっ、こいつら何者だ!? 警察か?」
別の男が慌てて銃を乱射するが、イッチはラックの陰に隠れ、マッチョは素早い身のこなしで低い姿勢になりながら相手の死角へ回り込む。ムネも相手の位置を確認し、麻酔弾の次弾を装填しながら狙いを定める。
パン! という甲高い音がして、ムネが敵の腕を正確に撃ち抜いた。弾自体は致死性ではないが、強烈な痛みと痺れを伴う。一瞬の隙をついてマッチョが飛び込み、相手の銃を蹴り飛ばす。
「うっ……!」
敵は抵抗を試みるが、マッチョの腕力には到底及ばず、押さえ込まれてしまう。こうして作業スペースにいた2人も制圧された。
「誰だ、てめえら……。公安か……?」
地面に倒れた男が苦しそうに呟く。おそらく「ムック」あるいは「ホイール」のどちらかだろう。いずれにせよ“センター”の中核メンバーであることは間違いない。
「さあな。お前たちがサイバー攻撃で世界を混乱に陥れた罪は重い。一緒に来てもらうぞ」
マッチョが低い声で言い放つ。
10.ゼロの逃走
サーバールームと作業スペースを押さえ、ほとんどの“センター”メンバーを無力化したイッチたち。だが、リーダーである「ゼロ」と、先ほど廊下で揉み合っていた小柄な男が見当たらない。ソーは部屋の奥へ続くドアを見て「そっちだ……」と指し示す。
廊下を進むと、そこはビルの非常階段へ通じる扉があり、開け放たれていた。階段を下る足音が遠ざかるのが聞こえる。ソーとムネが先頭に立って階段に飛び込み、下を覗くが、既に2階付近まで降りている人影が見える。金髪の長身――ゼロだ。その後ろを小柄な男が追っているように見えた。
「待て、ゼロ!」
ソーが声を上げても相手は構わず下へ逃げていく。どうやらビルの正面口か裏口から外へ出るつもりらしい。マッチョとイッチは建物上部や他の部屋を確認するため、一度分かれて行動することになった。ソーとムネがゼロの追跡を担当する。
階段を駆け下りていくうちに、ゼロと小柄な男との距離がさらに離れているように見えた。どうやら2人は揉めているらしく、「もういい、俺は逃げる」「待て、張飛の命令を……」などと罵声が飛び交っている。ゼロは“張飛”――すなわち中国本土の劉志鵬の指示に従う気が失せたのかもしれない。
2階に差しかかったあたりで銃声が響いた。
「バン!」
ドスッという鈍い音の直後、小柄な男が壁にもたれかかるように倒れこんだ。どうやらゼロが発砲したらしい。小柄な男の手には拳銃が握られているが、そのまま床に落として力なく沈黙する。
「くそっ……」
ソーはその光景を見て足を止める。小柄な男は既に出血が激しく、一目で危険な状態だと分かる。応急処置をしないと死にかねない。しかし、ゼロを取り逃せばすべてが水の泡になってしまう。ムネが焦った声で問いかける。
「ソーさん、追いますか? でもこの男が……」
ソーは一瞬迷った末、ムネに視線を向ける。
「ムネ、お前は応急処置をしろ。こいつを生かして証言を取れるなら、それも大きな収穫だ。俺はゼロを追う」
「了解です。急ぎますから、ゼロはお願いします!」
ムネが素早く携行していた止血帯や救急キットを取り出し、倒れた男の脈を確認する。ソーは階段をさらに駆け下り、ゼロを追い続ける。
11.香港の街へ
ビルの1階まで降りると、そこは非常口から路地裏に直結している。扉を押し開けたソーは、目の前を全力で逃走するゼロの姿を捉えた。金髪が目立つこの男はスタイルが良く、足も速い。深夜の裏路地を縫うように走り去ろうとしている。
(逃がすわけにはいかない……!)
ソーもまた全力疾走で追いかける。香港の裏通りは迷路のように入り組んでいるが、ゼロは道を知り尽くしているのか、迷う様子もなく次々と角を曲がっていく。ソーは体力には自信があるが、ビルからの突入作戦で既に疲労が溜まっている。しかし、意地でも見失わないよう必死に食らいついた。
「止まれ、ゼロ!」
何度か呼びかけたが、相手は振り向くことなく走り続ける。背中越しに拳銃を向けられる危険を覚悟しつつ、ソーは間合いを詰める。幸いにも香港の夜は人通りが少なく、派手なネオンの向こうで何か起きていることに気づく者はいない。
やがてゼロは、ある建設中のビルの資材置き場へ駆け込んだ。足場パイプや重機が放置され、暗がりの死角が多い場所だ。ソーが慎重に近づくと、ゼロが資材の陰から姿を現す。手には拳銃が握られ、その銃口がソーに向けられていた。
「動くな。撃つぞ」
ゼロが低く警告する。ソーは立ち止まり、両手をゆっくり上げて降参の姿勢を示す。しかし、その眼光はまったく揺らがない。
「お前たちJSIAか? 日本の連中がなんで俺たちを潰しに来る? ……いや、CIAもグルか。くそ、面倒なことになった……」
ゼロは額に汗を滲ませながら苛立ちを露わにする。
「自分たちがやってきたことを考えれば当然だろう。日本と台湾をめちゃくちゃにして、国際的な混乱を引き起こした。なんのためだ? 金のためだけか?」
ソーは冷静に問いかけるが、ゼロはニヤリと笑う。
「金もあるが……俺は中国政府や軍部なんかに雇われているわけじゃない。本当は利用してるつもりなんだ。だが、『張飛』の連中はしつこくてな……。だから俺は逃げる。連中を出し抜いて自由を手に入れるんだよ」
「ふざけるな。お前たちが引き金を引いて、尖閣や台湾は侵略寸前なんだぞ。逃げ切ったところで、お前が巻き起こした戦争の責任は消えない」
ソーは声を張り上げるが、ゼロは肩をすくめる。
「戦争? そんなもん政治家と軍の問題だ。俺たちはただ、ネットを弄って金を稼いでるだけさ。……じゃあな、英雄気取りの日本人よ。俺はここで終わる気はない」
そう言うと、ゼロはソーに向かって躊躇なく引き金を引いた。**パン!**という銃声が夜の工事現場に反響する。ソーは咄嗟に体をひねってコンクリート資材の陰に身を隠したが、右肩に焼け付くような痛みが走る。
「ぐっ……!」
かすっただけとはいえ、出血が始まり、腕が動かしにくい。ゼロは再び構え直し、追撃の射撃体勢に入る。ソーは非致死性の麻酔弾ピストルしか持たない。このまま正面から撃ち合うのは無理だ。
「悪いが、死んでもらうぜ。口封じだ」
ゼロが狙いを定めた瞬間、ソーは資材の隙間から素早く麻酔弾を放った。ゼロも反応し、銃を撃つ――**パン!**同時にソーの麻酔弾がゼロの脇腹を掠めた。ゼロは一瞬よろめくが、致命傷ではない。ソーも再び弾丸をコンクリートに受け、破片を浴びて体勢を崩す。
「やるな……だが俺の勝ちだ」
ゼロはふらつきながらも銃口を向け直す。麻酔弾の効果はすぐに出るタイプではないが、多少の痺れが出てきたのか表情が歪んでいる。その僅かな隙を、ソーは見逃さなかった。
(今しかない……!)
ソーは痛む肩を堪えながらコンクリート片を掴み、ゼロの顔面に向けて力いっぱい投げつけた。予想外の投擲にゼロは銃を撃つ体勢を崩し、視界を奪われた。その瞬間、ソーは一気に距離を詰め、タックルのように体当たりを仕掛ける。
「ぐあっ……!」
両者もつれるように地面へ転げ落ちた。ゼロが何とか銃を向けようとするが、ソーは左手で彼の手首を押さえ、右拳でゼロの顎を強打。ゼロの意識が一瞬飛びかける。
「くっ……」
ゼロはなおも暴れようとするが、麻酔弾の影響と顎への衝撃で力が入らない。ソーは血だらけの右肩を押さえつつ、ゼロの手から銃を叩き落とすことに成功した。
こうして“センター”のリーダー、ゼロは地面に倒れ込み、完全に戦意を喪失した。ソーは息を切らしながら、そのままゼロの腕を背後に回して拘束する。夜の工事現場は再び静寂に包まれた。
12.香港警察の足音
倒れたゼロを押さえつつ、ソーは苦痛で顔を歪めながら辺りを確認する。このままでは香港警察が来るのも時間の問題だ。銃声が響いた以上、現場に駆けつける可能性が高い。
そこへ息を切らしたムネが合流してきた。
「ソーさん! 大丈夫ですか……? なんだ、その肩は!」
血がにじむソーの肩を見て、ムネは叫びそうになるが、ソーは必死で声を抑えるように示す。
「大丈夫じゃないが、なんとか無事だ。ゼロは制圧した。そっちはどうだ?」
「2階で倒れていた男は、何とか応急処置をしておきました。救急車を呼ぶべきか迷いましたが……とにかく出血は止めたので、すぐには死なないはずです。でも、警察が来るかもしれません」
ソーはうなずき、ゼロの身体を壁際へずるように移動させる。
「分かった。一旦アーロンに連絡しよう。俺たちが警察沙汰になると不味い。早く撤収しないと」
ムネが通信機を取り出して連絡を取ろうとした矢先、遠くからパトカーのサイレンが微かに聞こえてきた。やはり銃声の通報が入ったか、付近のパトロールが動いたのかもしれない。
「まずい、急がないと。イッチさんとマッチョさんを迎えに行くぞ」
ムネはゼロを担ぐわけにもいかず、ソーが苦悶の表情を浮かべるのを見かねて言う。
「ソーさん、肩が深そうです。ゼロは僕が担ぎます。ソーさんは急患だ。自力で走れますか?」
ソーは歯を食いしばるように一瞬黙ったが、結局うなずく。
「……悪いな。頼む。俺はまだ足は動く……。くそ、こんなところで警察に捕まったら元も子もない」
ムネがゼロを肩に担ぎ、ヨロヨロと歩き出す。ソーも右手を押さえながらその後ろに続く。路地裏には確かにサイレンに似た音が近づいているようで、刻一刻と状況は厳しくなっていく。
13.イッチたちとの合流 CIAの手引き
一方、グローバル・リンク・ビルの作業スペースを制圧していたイッチとマッチョは、拘束した敵を一箇所に集め、データのコピーを急いでいた。そこには先ほどの「ラビリンス」「ブラスト」「ムック」「ホイール」らしき者たちが床で身動きを封じられている。銃撃戦で軽傷を負った者もいるが、大事には至っていないようだ。
イッチが通信機に耳を当てる。
「ソーはゼロを追ったが、銃撃があったようだ。警察が来るぞ。もう時間がない」
「データはあと少しだ……よし、これで必要分はコピーできた」
マッチョがUSBメモリを握りしめ、イッチに合図する。
「もう撤収だ。奴らを置いていくしかない。香港警察に確保されるだろうが、それはそれで構わん。どうせ中国当局と組んでるなら、連中の身柄がどうなるか分からないが……」
イッチとマッチョは部屋を飛び出し、階段ではなくエレベーターを使って一気に1階へ向かう。警察に包囲される前にビルを出て、アーロンが準備した車で逃走する算段だ。
階下に到着すると、路地裏でゼロを担いだムネと、肩を押さえて苦しそうにしているソーを発見。イッチが駆け寄り、ソーの状態に目をやる。
「ソー、撃たれたのか……! くそ、まずは急いでこの場を離れるぞ。包囲されたら終わりだ」
ちょうどそこへ、アーロンが運転するバンが細い路地に滑り込んできた。助手席にはもう一人CIAの工作員らしき男性が乗っている。ドアが開き、アーロンの緊迫した声が飛ぶ。
「Get in now! Police will arrive in minutes.(早く乗って、数分で警察が来るぞ)」
四人は急いでバンに乗り込み、ムネはゼロを床に転がすように放り込む。イッチとマッチョはそれぞれ出入り口の警戒を怠らず、ソーは痛む肩を必死にかばって座席に腰を下ろした。アーロンがアクセルを踏み込み、車は急発進で闇夜の香港の街へ消えていく。
14.一時退避と緊急治療
20分ほど走った先、アーロンが向かったのは香港の繁華街から少し離れた裏手にある倉庫地帯だった。CIAの秘密拠点の一つらしく、簡易医療キットや設備が揃っている。バンが倉庫のシャッターを開けて中に入り、すぐにシャッターを閉めると外からは車の姿は見えなくなる。
ソーは腕を押さえながら車を降りると、そのまま倉庫の奥に用意された医療室へ案内される。CIAの工作員の一人が簡単な医療処置を行えるらしく、急いで止血と弾の摘出準備にとりかかった。
「大丈夫、貫通はしていないが筋肉を傷つけてる。麻酔が必要だ」
作業員が流暢な英語で言い、ソーは歯を食いしばって頷く。イッチやマッチョ、ムネが心配そうな目で見守る。
アーロンはまずゼロを車から引きずり降ろし、プラスチック製の拘束具で手足を固定した。ゼロは意識が朦朧としながらも悪態をつき、もがくが、麻酔弾とタックルのダメージが大きく激しく動けない。アーロンが一瞥して言う。
「This one is the ringleader, right? We’ll keep him under watch.(こいつがリーダーなんだな。こっちで見張っておく)」
ムネが大きく息をつき、胸をなで下ろす。
「これでひとまず“センター”の主力メンバーは制圧できましたね。あの雑居ビルに残した連中も、香港警察に捕まるでしょう。どんな形になろうと、サイバー攻撃はもう続行不能なはずです」
「データも大量に手に入った。これで中国軍部の関与を裏付ける証拠があるかもしれない。問題はどう使うかだが……」
マッチョがUSBを振りながら吐き捨てるように言う。
「できれば国際社会に公表して、中国の欺瞞を暴きたいところだが、政治家が動くかどうか。尖閣や台湾では既に軍事的既成事実が作られつつある。ギリギリ間に合うかどうか……」
イッチの声は沈んでいた。実力行使によって“センター”は止められたが、既に台湾や尖閣では中国海軍が居座っている現状を覆すには、さらなる国際的圧力が必要だ。
15.ノブからの知らせ
そこへムネの通信端末が鳴る。日本本部のノブからの緊急連絡だ。ムネが受話口に出ると、ノブの興奮混じりの声が飛び込んできた。
「ムネ、聞こえる? そっちはどう? こっちは大ニュースだ!」
「こっちは“センター”の殲滅に成功した。けどソーさんが肩を撃たれて……応急処置中だ。どうしたんだよ、大ニュースって?」
ノブは息を切らせながら続ける。
「さっき言ってた中国本土の怪しい指令サーバーにバックドアを仕掛けることに成功したんだ。そしたら、中国海軍の作戦計画書や“張飛”こと劉志鵬が出した指令のログがザクザク出てきた! 尖閣と台湾南方の島を数日以内に完全掌握する方針が記載されてる。さらにアメリカ軍や日本軍に対するフェイク情報戦略まで……これ、国際的に出したら一気に中国の立場が不利になるぜ!」
ムネは目を見開き、周囲にいるイッチやマッチョ、アーロンにも聞こえるようにスピーカーに切り替える。ノブの声が倉庫に響く。
「もしこれを有効に使えれば、アメリカだって黙ってはいないはず。いよいよ中国が全面的に批判されるだろう。少なくとも“漁民救助”なんて嘘っぱちだって世界が知ることになる。……ただ問題は、どうやって公開するかだ。日本の政治家が動いてくれるか分からないし……」
アーロンが興奮した様子で英語を交えながら割り込む。
「That’s the evidence we need! CIA can help.(それは我々が求めていた証拠だ! CIAに任せればいい) 国際メディアにリークすれば、中国政府も弁明しきれないだろう」
イッチとマッチョが顔を見合わせる。ソーは横になって治療を受けながらも、かすれ声で言う。
「いいぞ……ノブ、でかした……。これで……尖閣と台湾……取り戻すチャンスがある……」
「ソーさん、しゃべらないでください。安静に!」
ムネがやんわりと諭すが、その声にも喜びが混ざっている。何よりも、国際世論に訴えるための決定的証拠を手に入れられたのは大きい。これで政治や外交を動かす可能性が見えた。
ノブは通信の最後にこう付け加える。
「明朝、ボスが官邸や各省庁の有力者に働きかける予定だ。CIAの協力も仰いでメディアに流す方針になりそう。準備ができたらまた連絡するよ。そっちも無理しないで!」
通話が終わり、倉庫内はひととき静かになる。肩を撃たれて痛みに耐えるソーに簡易的な麻酔処置が施され、血が止まっていくのを確認する。ゼロは完全に押さえ込まれ、床に横たわって荒い息をしている。その表情には敗北の色が濃い。
イッチが瞼を閉じ、静かに呟く。
「尖閣も台湾も、まだ取り返せるかもしれん。何とかここまで来たか……。あとは政治家や国際社会の出番だ」
マッチョも拳を握り、ムネは安堵の笑みを浮かべる。アーロンは携帯で上司に連絡を入れ、「中国の不正を世界へ暴露する手筈を急ごう」と英語でまくし立てる。みな、それぞれの役割を全うするために動き始める。
16.次なる嵐の予兆
しかし、ここで終わりではない。サイバー攻撃の主犯“センター”こそ制圧できたが、中国軍部を牛耳る関羽瑠や諜報部の**“張飛”=劉志鵬は、さらなる軍事行動を進めている。その鍵を握るのが潜水艦戦力**であり、日米が慌てるほどの海中優勢を築こうとしているとの情報が飛び込んできた。
「尖閣や台湾近海に潜水艦を配置して、米軍や海自の動きを牽制するつもりらしい。それが次の段階だ……」
CIAの工作員から齎された追加情報に、アーロンが歯噛みする。イッチとマッチョは驚く一方で気を引き締める。せっかく“センター”を潰しても、中国軍が本腰を入れて攻撃を継続するなら、まだ危機は去っていないのだ。
「俺たちも帰国し、迅速に報告しなければ。日本政府がこの事態を見過ごすわけにはいかない。……とはいえ、今の政権がどこまで動けるか」
イッチは苦い顔で言う。まるで先の読めないチェスゲームのように、どちらが先に手を打つかで大局が変わっていく。
そこにソーが痛みをこらえながら弱々しく声を出す。
「……尖閣に残ってる中国海軍や台湾での侵攻を……止めるには、日米の軍事的連携が不可欠でしょう。政治家を動かす切り札が、ノブの掴んだ証拠データ……アーロン、頼んだぞ」
アーロンは大きく頷く。
「We’ll do our best, So.(全力でやるさ、ソー) 君たちJSIAがここまでやったんだ。後は国際政治の舞台で叩きつければいい。関羽瑠や周平金、そして張飛も言い逃れはできない」
こうして第5章は幕を下ろす。香港に潜むハッカーチーム“センター”は事実上壊滅に追い込まれ、大量の証拠がJSIAとCIAの手に渡った。だが、中国軍の動きは止まらない。尖閣諸島や台湾南方に展開する艦艇・潜水艦の数は増加傾向にあり、さらなる軍事衝突の火種が燻っているのだ。
次章では、手に入れた証拠をもとにJSIAがどのように政治を動かし、米軍や自衛隊、そして台湾側と連携して中国軍の拡大を抑え込むか。あるいは、関羽瑠たちが次なる謀略を仕掛け、日米との直接的な局地戦が勃発してしまうのか――物語は一層激しく、緊迫した展開へと突き進んでいく。
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