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6.AI小説『日中戦争開戦』第6章

AI
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第6章 潜水艦の脅威と動乱の海域

1.香港の夜明け──JSIAの帰還準備

 香港の倉庫街にあるCIAの秘密拠点。まだ外は日が昇り切らない薄暗い時間帯だが、すでに静かだった空気はざわつきを帯びている。この場所で深夜に行われた“センター”制圧作戦によってハッカーチームの主力メンバーを一網打尽にし、リーダーのゼロまでも拘束したJSIAのメンバーたちは、束の間の安堵を覚えていた。しかし、事態が終わったわけではない。

 倉庫の片隅に設けられた簡易医療スペースでは、**大谷聡平(ソー)**が治療を受けていた。右肩に受けた銃創は深刻な致命傷には至らなかったものの、筋肉組織へのダメージは重く、すぐに激しい動きは難しそうだ。ソーは唇を噛み、痛みに耐えながら周囲の様子を窺う。

 鈴木一歩(イッチ)吉田尚也(マッチョ)、**村上宗徳(ムネ)**らは倉庫内で次の行動を協議している。CIAの担当官であるアーロンも加わり、パソコンやモニターを囲んで不穏なニュースをチェックしていた。香港時間の早朝、日本のメディアが驚くべき速報を伝え始めたのだ。

 「中国海軍、台湾海峡へのさらなる艦船増派か……南シナ海や尖閣海域では潜水艦の活動活発化の情報」
 「香港に拠点を置く謎のハッカー集団が摘発されたとの噂も……。香港警察は“民間ハッカーの不法行為”として捜査を進めているが詳細は不明」

 イッチが腕を組んで低く唸る。
 「どうやら警察が“センター”のアジトに踏み込み、残党や設備を押収したみたいだな。CIAにしてみれば“民間ハッカー逮捕”という形にしてくれて助かるだろう。我々JSIAの名は表に出ないで済みそうだ」

 マッチョは苦笑いする。
 「奴らには悪いが、香港警察に捕まった方がましだ。中国当局に引き渡されればどうなるか分かったもんじゃない」

 ムネは倉庫のシャッターから外を覗き、緊迫した表情を浮かべる。
 「警察がここに辿り着く可能性はありますかね?」

 アーロンがそれを聞き、小さく首を振る。
 「一応、ここはCIAの協力者が管理する施設で、香港警察にも表向きのバレないルートを確保している。少なくともすぐに捜査は及ばないだろう。……だが、あまり長くはいられないな。中国当局が本腰を入れて香港を締め付けるのも時間の問題だ」

 「ソーの治療が終わり次第、ここを出るとしよう。佐々木のガルフストリームで日本へ帰還できればベストだ」
 イッチはそう言いながら、倉庫内でひときわ目立つ存在となっている床に倒れ込んだゼロの姿を見やる。ゼロはしっかりと拘束され、まだ麻酔の影響で意識が朦朧としている様子だ。

 マッチョがゼロの頭部を蹴飛ばさない程度の力で軽く押さえ、目を細める。
 「こいつはどうする? 連れて帰るわけにもいかないだろう。下手にCIAが引き取っても、中国政府が黙ってないぞ」

 アーロンが答える。
 「ゼロは私たちが“非公式”に身柄を抑えておく。米国本部に送還するかどうかは上の判断次第だが、いずれにせよ中国当局の手には渡さないつもりだ。彼が持っている情報は極めて重要だからね。君たちへの協力を拒むようなら、CIA流の尋問をするだけさ」

 イッチたちは頷きながらも複雑な思いを抱く。いずれにせよ、サイバー攻撃の中核は潰えた。JSIAの真の目的、つまり尖閣や台湾を巡る中国の軍事行動を止めるには、この後に入手した証拠をどう使うかが鍵となる。

2.日本本部の動き──証拠を握るノブ

 日本時間の朝。東京都内のJSIA(日本秘密捜査局)本部では、IT担当の山本伸吉(ノブ)と分析官の峰不二子が、先ほど入手したばかりの大量のデータを整理し終わったところだった。画面には、中国本土のサーバーに残されていた指令書や通信ログが並んでいる。どれも、関羽瑠(かん・わる)将軍や諜報部“張飛”の劉志鵬が中心となって下した命令を示すもので、尖閣諸島や台湾を侵攻する具体的な戦略が克明に書かれている。

 ノブは興奮を隠せずキーボードを打ちながら峰不二子に話す。
 「ここを見てよ。中国海軍が仕掛けた漁船難破のシナリオや、その後『救助』名目で居座るまでの手順が事細かに記録されてる。この計画書を国際社会に示せば、いかに中国が侵略的行動をカモフラージュしているか一目瞭然だ!」

 峰不二子もまたモニターを見つめ、冷静な口調で答える。
 「周平金の名前も出てくるわ。関将軍との会話履歴には“総書記への報告は済んだ”とか、“総書記もこの案でよいと同意”などが複数行ある。これで最高指導者も関与が明白ね」

 ノブは一瞬頬を緩めるが、次の瞬間に険しい表情に変わる。
 「でも、これをどう公表するかだよ。政治家が今の状況で中国を明確に糾弾できるかどうか……下手すると、大きな外交問題になり、経済や国内世論の衝突も避けられないかもしれない。かといって、このまま黙っていたら尖閣も台湾も既成事実化される」

 「そうね。そこはボス(栗山秀和)がなんとか折衝してくれるはず。内閣の閣僚や与党の実力者、それに在日米軍・米大使館とも連携して、まずは極秘に情報共有を進めると思うわ。必要なら、IAEAや国連など多国間外交の場にも持ち込む可能性がある」
 峰不二子はそう言って書類の山を手に取る。そこにはノブがまとめた分析レポートの概要が記されている。

 「私たちの仕事は、あくまで確実な“物的証拠”を揃えること。政治家たちは自分の責任リスクを最小化しながら、でも国益を守るために動かざるを得ない。今まさにそのタイミングよ」

 ノブは深く息をつき、時計を見る。
 「よし、もうすぐボスが戻る。あるいは電話会議になるかもしれない。とにかく俺たちは準備万端だ。この証拠が一連の事態をひっくり返す切り札になるかもしれない」

3.尖閣諸島周辺の緊迫

 その日の昼過ぎ、尖閣諸島付近では、中国海軍が絶えず艦船や航空機を展開し、“遭難漁民救助”という大義名分を前面に押し出していた。実際のところ、漁民を装った工作員はすでに魚釣島などへ上陸し、簡易施設を作り始めている。

 海上自衛隊の護衛艦「たかお」が現場に駆けつけているが、政治的指示が曖昧なため、明確に中国軍艦を排除することはできない。相手が発砲してこない以上、こちらも武力行使はできないのだ。

 「我が国の領海内に許可なく侵入している。退去を求める!」
 自衛艦の放送が中国軍艦に向けて繰り返されるが、返ってくるのは冷淡な応答だけ。
 「我々は救助活動を行っている。貴国の領海とは認めていない。国際法に従って支援を続行する」

 双方が膠着状態に陥ったまま数日が過ぎようとしていた。さらに、中国海軍は新たに水上艦と潜水艦を増派しているとの情報もあり、海上保安庁や自衛隊はますます手が出せなくなる。下手に強硬策を取れば、国際社会が「日本が先に軍事行動を起こした」と非難しかねないからだ。

4.台湾周辺の動揺

 同時に、台湾南方の七美郷(チーメイシャン)では、中国海軍が引き続き駐留を続けている。台湾の沿岸警備隊や少数の海軍は緊張の中で対峙しているが、こちらも先制攻撃はできずにいる。台湾政府内部では「米国の軍事介入を待つべきだ」という意見と、「自力で追い払うべきだ」という強硬意見が対立して混乱が深まる。

 台湾総統はアメリカへ支援を求めるメッセージを発信しているが、アメリカ政府内部も国内事情から慎重姿勢を崩し切れずにいた。そこで、この状況を打開する鍵となりそうな情報が、「日本側から出るかもしれない」という噂が台湾政府上層部に伝わっていた。

 「日本に極秘の諜報機関があり、そこで中国の軍事的陰謀を示す決定的な証拠を握っているらしい……」
 台湾側の外交担当者は半信半疑ながら、その噂を追いかけていた。

5.日本国内の政治的せめぎ合い

 東京都・永田町。首相官邸や自民党本部が集まるこのエリアでは、いまだサイバー攻撃の後処理に追われながらも、尖閣情勢と台湾情勢が“リアルな脅威”として迫っている。時の首相・石波は弱体化した政権で、強硬策を取るにしても議会や世論の後押しが必要だ。そこで、JSIAのボスである**栗山秀和(通称ボス)**は、ある筋を頼って官邸内部に接触を試みていた。

 ボスが会いに行ったのは、与党の実力者として知られる元閣僚・大島某という男性議員だ。かつて安全保障関連の法整備に深く関わり、いざという時には首相にとって代わる力を持つ“キングメーカー”的存在である。

 都内の高級料亭の個室で、大島議員とボスが膝を突き合わせる。外部からの視線を一切シャットアウトし、どこか陰謀めいた空気が流れる。

 大島は口を開く。
 「栗山君、君がここまで直接的に動くとは珍しい。秘密捜査局が外務省を通さず、私のところに来るとは……よほどの事態なのだろうね。尖閣も台湾も問題が山積しているのは承知しているが、首相や内閣はどう動くつもりかね?」

 ボスは苦い表情で切り出す。
 「正直に言えば、内閣は機能不全に近い。サイバー攻撃の影響で官邸が混乱し、各省庁も連携不足になっている。それを中国は狙って尖閣へ漁民を装った工作員を送り込み、海軍を出張らせている。台湾でも同様だ。残念ながら現政権には強い指導力がない」

 「わしもそれは感じている。だからといって米国に丸投げするのもリスクが高い。いまのホワイトハウスが即断即決で動くとも思えない」
 大島がうなずきながらグラスの水を口に含む。

 ボスは静かに微笑み、胸ポケットからUSBメモリを取り出した。
 「そこで、われわれJSIAが中国の諜報部内部の通信ログや作戦指令書を入手しました。これが確かなら、中国が尖閣・台湾への軍事行動を計画的に行っている決定的証拠となります。これを使えば、国際社会を味方につけることができるかもしれない。少なくとも“遭難漁民救助”という嘘を暴けます」

 大島は目を大きく見開く。
 「それほどの証拠が……? なるほど、それなら首相はもちろん、国会や国民も動かざるを得ない。しかし、公開のタイミングを誤れば逆効果になる可能性もある。中国が逆上して全面戦争に発展するリスクもある」

 「承知しています。だから大島先生にご相談したいのです。いつ、どのように使えば効果的なのか。少なくとも中国軍が尖閣を既成事実化する前に動かなければ手遅れになる」

 大島はしばし考え込み、やがて低い声で答える。
 「首相が抜きん出た決断を下す見込みは薄い。ならば、私が水面下で国会と党内をまとめ、米国や台湾にも根回ししておこう。防衛大臣や外務大臣の一部にも協力者がいる。証拠の信憑性が確かなら、緊急声明を発して国際社会に発信する手はある。そうして外交・経済制裁や、米軍の牽制を期待するわけだ」

 「ありがとうございます。私どもJSIAは、あくまでも黒子に徹します。国家のために、ぜひご尽力をお願いいたします」

 大島は重々しく頷き、USBメモリを受け取る。
 「まかせておけ。日本がこれ以上なめられるわけにはいかない。ただし、時間が勝負だ。私もすぐに動く」

 こうして政治の暗躍が一歩前進する。ボスはこの場を去ると、急ぎJSIA本部へ戻り、今後の展開に備えようとした。

6.中国本土──関羽瑠の決断

 一方、中国大陸の軍事作戦司令部では、関羽瑠(かん・わる)将軍が大きな地図を前に数名の幕僚を従えていた。南シナ海や台湾海峡、尖閣諸島付近の海図が複雑にマッピングされ、その上に潜水艦隊のマークがいくつも並ぶ。

 関は冷ややかな眼差しで海図を見下ろす。
 「尖閣、台湾南方、香港……すでに我々は複数の地点で軍事的プレッシャーをかけている。だが、まだ不十分だ。米国が動き出す前に、一気に形勢を固めねばならん」

 横にいる幕僚の一人が進み出て報告する。
 「将軍、潜水艦隊の展開はほぼ完了しつつあります。台湾から東側の外洋にも潜水艦を数隻配備しました。これで米軍艦隊の接近も抑止できるかと。尖閣周辺にも数隻を回しております」

 関は満足げに頷く。
 「よろしい。国際法でどう言われようと、実力を示すことが最も効果的だ。台湾や日本が下手な動きをすれば、一撃で黙らせる。周平金総書記もこの方針には同意している。表向きは彼が指揮をとっていることにして、万一失敗した場合の責任を押しつければよい」

 幕僚たちが苦笑いする。そう、関の本当の狙いは軍の独裁体制への移行にある。周平金は経済政策で失敗し、党内の足場を失っている。関羽瑠にとっては、今のうちに軍事的功績を積み上げ、事実上の最高権力を得たいという思惑があるのだ。

 しかし、そこへ別の将校が慌ただしく入室し、声をあげる。
 「将軍、“張飛”からの連絡がありました。どうも香港のハッカーチーム“センター”が壊滅し、中国本土のサーバーが一部ハッキングを受けた模様です。大事な作戦書類が流出した可能性が……」

 「なに……?」
 関羽瑠の目つきが変わる。彼は“センター”の活躍によってサイバー戦を優位に進めてきたが、その要が崩れたというのか。しかも、作戦情報が外部に漏れたとなれば、中国軍の全計画が世界に知れ渡りかねない。

 「詳報はまだですが、“張飛”(劉志鵬)も焦っているようです。香港警察が民間ハッカー集団を摘発したことになっておりますが、実際は……」

 関羽瑠は顔を歪め、地図を睨んだまま言う。
 「ちっ、もしそれが日本や米国に渡ったなら、国際社会での立場が危うくなる。だが、既に尖閣や台湾に軍を配置している以上、今さら後には引けんぞ。むしろ、我々が先手を打って日米や台湾を完膚なきまでに叩きのめすしかない」

 幕僚の一人が不安げに言う。
 「ですが将軍、全面戦争となればアメリカの介入が予想されます。中国にも甚大なダメージが及ぶ恐れが――」

 「黙れ。私は周総書記から軍権を掌握し、中国を再び強大な国に導くことを託されているのだ。たとえ米国が相手でも、我々は核を含めあらゆる手段を辞さない覚悟がある。日本など取るに足らん。台湾もすぐに屈するだろう」

 関羽瑠の瞳は狂気すら帯びていた。幕僚たちが黙り込む中、関は最後にこう命じる。
 「全軍に通達せよ。日米が動く気配があれば、潜水艦隊を先行させて相手を威嚇しろ。空母打撃群の準備も急がせろ。周平金には私が報告する」

 作戦室の空気は凍りついた。ここに至って、中国軍は強行一直線の道を歩み始めたのである。

7.米国の反応

 太平洋の向こう側、ワシントンD.C.。ペンタゴンでは、中国軍の急激な軍拡と尖閣・台湾への進出を重大な危機と捉え、国防総省幹部やCIA上層部が集まっていた。米国大統領は依然として外交的解決を模索しているが、軍部は既に「限定的な武力行使は不可避」との観測を強めている。

 そこへCIA香港支局のアーロンからの報告が届く。JSIAが中国軍の極秘作戦データを掴んだという内容だ。CIAの分析チームは日本側のデータを抜粋し、上層部に説明する。

 「閣下、この文書によると、尖閣や台湾の『救助作戦』はまったくの偽装であり、事前に綿密に計画された軍事侵攻でした。しかも、後日、潜水艦での封鎖や空母打撃群の派遣が予定されており、時間が経てば経つほど中国の実効支配が強化される見込みです」

 国防総省の高官たちはテーブルを囲み、難しい顔をする。
 「じゃあ、今すぐ武力で排除するのか? そうなれば全面戦争だぞ。大統領はまだ議会の承認を得ていない。安易な軍事行動は世界を巻き込む第三次大戦の火種になる」

 別の高官が声を上げる。
 「だが、台湾や日本の同盟国として、このまま黙っていれば中国の覇権主義が既成事実になる。アジアで米国の影響力が失墜するのは避けたい。政治的には最悪のシナリオだ」

 意見が交錯する中、CIA上層部の一人が固い決意をみせる。
 「日本政府と台湾当局が正式に支援を要請すれば、米軍としては無視できない。中国側は一枚岩ではないが、関羽瑠のタカ派路線が優勢になりつつある以上、遅かれ早かれ軍事衝突は避けられないだろう。問題はその規模とタイミング……」

 こうして米国も重い腰を上げる準備を始めた。ただし、そのためには日本や台湾が明確な立場を示し、国際社会に向けて中国の“欺瞞”を訴える必要がある。まさに、JSIAが握る“証拠”の公開のタイミングが鍵となるわけだ。

8.JSIA・帰国の夜

 香港の夜。CIAの協力で準備が整い、JSIAメンバーのうちイッチ、マッチョ、ムネは再び佐々木喜朗の操縦するガルフストリームに乗って極秘裏に帰国することになった。問題は、右肩を撃たれて負傷しているソー(大谷聡平)を安全に移送できるかだが、CIA側が医療装備を整えた上で送ってくれることになった。

 「So, good luck.(ソー、幸運を祈る)」
 アーロンがソーの手を握る。ソーは痛みをこらえながら微笑みを返す。

 「ありがとう。君たちにも世話になった。中国軍が次の手を打つ前に、こっちも動くよ。日本に戻ったら、すぐにボスに会って作戦を詰める」

 ゼロを含む“センター”の生存メンバーはCIAの管理下に置かれるとのことで、JSIAはこの時点で手を離れる形になる。香港警察にも動きがあったが、CIAが水面下で工作した結果、「“センター”の拠点が捜索され、メンバーが逮捕された」という公式発表で落ち着いた。いずれ香港政府が中国当局に一部情報提供するだろうが、あくまで“民間ハッカー犯罪者”として扱われ、中国政府の公式関与は曖昧なままだ。

 滑走路をタキシングするガルフストリームの窓から、ソーはネオンに煌めく香港の街並みを見やる。気持ちの一部はまだ不安定だが、自分たちがなすべきことはもう揺らがない。肩を撃たれながらも、“センター”を止めた。その成果を無駄にしないためにも、尖閣と台湾をこのまま放置するわけにはいかないのだ。

9.再会──JSIA本部に集結

 東京近郊のJSIA本部。深夜にもかかわらず、複数の幹部やメンバーが集まり、香港組の帰還を待ち受けていた。ガルフストリームは国内の軍用飛行場に着陸し、そこから搬送されたソーはすぐに本部内の医務室へと運ばれる。イッチ、マッチョ、ムネ、佐々木も疲労困憊の状態で到着したが、ボス(栗山秀和)やノブ、峰不二子が出迎える。

 「よくぞ戻った……ご苦労だったな。ソーは大丈夫か?」
 ボスの問いに、イッチは肩をすくめる。
 「肩を撃たれてかなり痛そうだが、命に別状はないとさ。ただ、しばらくはリハビリが必要だろうな」

 ノブが申し訳なさそうに言葉を差し挟む。
 「僕がもう少し早く通信を阻止できていれば、ソーさんが怪我することはなかったかもしれない……」

 マッチョは首を横に振る。
 「いや、あれは仕方ない。あのゼロって男が予想以上に粘った。逆に言えば、ソーが身体を張って止めてくれたおかげで完全制圧できたんだ。もし逃げられていたら“センター”のバックアップ拠点で反撃されかねなかった」

 ムネが合流し、口を開く。
 「そうですね。それに“センター”のデータはほぼ確保して、ノブが解析済み。しかも中国本土の指令サーバーのデータまで取ったわけです。これ以上ない成果ですよ」

 ボスは満足げにうなずき、姿勢を正す。
 「さっそく報告だ。先ほど私が接触した与党の大島議員が、首相官邸や防衛省の一部実力者をまとめ始めた。近く国際社会へ向けて中国が尖閣と台湾で行っている欺瞞行為を暴露する声明を発する予定だ。国会やメディアを動かして世論を喚起し、米国や欧州を巻き込むということらしい」

 イッチたちは一様に安堵の表情を見せるが、同時にボスの声のトーンが重くなる。
 「ただし、その過程で中国側が激しく反発するのは確実だ。関羽瑠将軍がどう出るか……米国がすぐに軍を動かすか、台湾がどこまで耐えられるかも不透明だ。最悪の場合、日米と中国が局地戦を起こしかねない」

 ノブが厳粛に頷き、スクリーンを操作する。
 「尖閣と台湾南方に展開する中国海軍のマップを更新しました。特に潜水艦が増えており、海自や米軍が下手に近づけないようになっています。これはかなり強力な抑止力になる……となると、中国は一気に押し切るかもしれませんね」

 峰不二子も資料をめくりつつ語る。
 「香港で“センター”を潰したとはいえ、彼らのサイバー攻撃の痕跡は残っていて、各国のシステムに混乱がまだ続いているわ。通信障害も完全には復旧していない。だからこそ、中国は潜水艦や艦船を自由に動かしていても情報が迅速に共有されない状況を利用しているのよ」

 ボスは唇を結び、メンバーを見回す。
 「つまり、今が正念場だ。大島議員や官邸が国際世論を喚起し、米国も動き始める。だが、その瞬間が一番危険とも言える。中国は追い詰められれば、強硬策に出る恐れがある。何としても被害を最小限に抑えねば……」

10.防衛大臣への通報

 翌朝、JSIAとしての公式ラインを使い、防衛大臣との極秘会合が設定された。防衛省の地下にある特別会議室で、ボスとノブが大臣を前に資料を提示する。

 防衛大臣は50代後半の女性で、かつて航空幕僚監部出身という経歴を持っており、軍事知識に精通している。少数与党の中では比較的タカ派として知られ、今回の尖閣事態でも強硬対応を求めてきた。

 「JSIAが掴んだ中国軍の潜水艦運用計画、これは確度が高い情報とみていいのか?」
 大臣は資料を読み込んで険しい顔をする。

 ノブが静かに答える。
 「はい。中国本土の指令サーバーから入手し、内容をクロスチェックしました。台湾海峡から宮古島近海、そして尖閣海域まで、中国は潜水艦を広範囲に展開させ、日米の軍艦が動いたら即座に音響追尾して威嚇する手筈のようです。特に新型の潜水艦は静粛性が高く、通常の探知手段で捕捉が難しい」

 大臣は唇を結ぶ。
 「海上自衛隊の潜水艦隊も静粛性には定評があるが、中国は量で押してくるだろう。それに加えて空母と巡洋艦が複数集まれば、米軍が出てこない限り日本単独では対処が難しい。……このままでは尖閣を完全に取られる可能性がある」

 ボスが言葉を継ぐ。
 「そこで大臣のお力を借りたいのです。近く官邸が対中国批判の緊急声明を出す予定ですが、それと同時に自衛隊の警戒態勢を最大限に高め、米軍との連携を強化する。具体的には、沖縄・与那国島などの防衛施設を拡張し、海自の護衛艦と潜水艦をさらに尖閣周辺に集結させる手はずを。もちろん、軍事衝突は避けるべきですが、抑止力を示さないと中国の侵攻は止まらないかもしれません」

 大臣は険しい顔をしつつも力強く応じる。
 「わかった。私自身も動ける範囲で即時に指示を出す。政治家としては不本意だが、軍事的手段をちらつかせないと相手は動じない。君たちが提供してくれた証拠は、国際的にも大きな武器となるはずだ」

11.国際声明の発表

 数日後、ついに日本政府は異例の緊急記者会見を開く。総理大臣や外務大臣、防衛大臣が一堂に会し、冒頭で台湾や尖閣における中国海軍の動きを強く非難する。その上で、新たに得られた“内部文書”を引用して、中国が実際には軍事侵攻を意図していることを明かしたのだ。

 「これらの文書には、漁船を装って救助を偽装する計画や、人民解放軍が台湾南方の島を軍事占拠する作戦計画が明確に示されています。日本は平和的解決を望みますが、このような欺瞞工作を許すことはできません。国際社会と連携し、毅然と対応してまいります」
 総理が真剣な口調で声明を読み上げると、記者団は騒然となる。

 続いて防衛大臣が「海上自衛隊・航空自衛隊の警戒態勢を強化し、在日米軍とも連携を深める」と発表。これによって日本国内のマスコミや海外メディアは一斉に速報を流し、SNS上でも「中国が本当に侵略している!」という声が広がった。台湾政府もこれを歓迎し、中国に対する強い非難声明を出す。アメリカや欧州各国も徐々に反応を示し始め、国連でも緊急議題として採り上げられる可能性が高まった。

12.中国の反発

 当然ながら、中国政府は日本の発表を「捏造」と断定し、「日本の右翼勢力が中国を貶めるためにでっち上げた偽りの文書だ」と強く非難した。周平金総書記も国営メディアを通じて「中国は人道支援を行っているだけであり、いかなる侵略の意図もない」と表明。だが、内心では焦りを隠せない。

 そもそも作戦データが流出した経緯を突き止めるべく、諜報部“張飛”の劉志鵬が必死に調査した結果、香港の“センター”が壊滅し、本土サーバーがハッキングされたとわかった。しかし、それを公にすれば、中国政府の管理体制の甘さが露呈し、党内での関羽瑠への批判が起きかねない。結局、周平金も関羽瑠も「すべては日本の陰謀」という建前を崩せずにいた。

 「今さら引けない以上、一気に軍事的圧力を高めろ。潜水艦をさらに南西諸島周辺へ派遣だ。日本や台湾が“偽情報”を振りまくなら、我々は実力で黙らせるほかない」
 関羽瑠は幕僚たちにそう指示を出し、中国海軍や空軍の動きを加速させる。結果として、台湾海峡や尖閣近海には日米中の軍艦や航空機が入り乱れ、一触即発の空気が漂い始めた。

13.ノブの一手──潜水艦への妨害工作

 そんな中、JSIA本部ではノブが再びコンソール画面と向き合っていた。今回はサイバー攻撃を仕掛けるのではなく、中国海軍の潜水艦通信を撹乱する作戦を検討しているのだ。潜水艦は衛星通信や超長波通信などを用いて指令部と交信するが、それに対して電子妨害を仕掛ける余地があるかもしれない。

 「もし中国の潜水艦が通信不能に陥れば、相互連携が取りにくくなる。海自や米軍としては音紋の分析や位置捕捉がやりやすくなるんだ。……ただし、一歩間違えば宣戦布告のようなものだよな」
 ノブはキーボードを叩きながら峰不二子に言う。

 「公式には国防省や首相官邸がやるわけにはいかない。だから私たちJSIAが“非公式”に実行するのね?」
 峰不二子は諜報活動のリアルに改めて息を呑む。

 「うん。海自から裏で依頼があった。どうやらイージス艦に搭載されている電子戦システムと連携し、こっちが遠隔で中国の潜水艦との通信を妨害するか妨害“可能な技術”を提供する形だ。実際にやるかどうかは軍部の判断だけど」

 峰不二子はコンソールに映し出された海域マップを見つめて「世界が変わりつつある」とつぶやく。尖閣や台湾への武力侵攻を阻止するために、サイバー・電子戦が主戦場の一つになっている現実を痛感しているのだ。

14.ソーの意地

 一方、JSIAの医務室でリハビリ中のソー(大谷聡平)は、痛む肩を押さえながらも訓練用のゴム弾ピストルを握っていた。担当医やイッチからは「安静にしろ」と言われたが、どうしても身体を動かさずにはいられない。仲間たちが忙しく動き回る中、自分だけが寝ているわけにはいかないと考えているのだ。

 そこにムネが顔を出す。
 「ソーさん、無理しちゃダメですよ。傷が開いたら大変です」

 ソーは苦笑いしながら、右腕を少し振ってみせる。
 「確かに痛むが、これくらいで止まっているわけにはいかない。日本は今、戦争の瀬戸際だ。次の作戦があれば俺も出る」

 「でも……」
 ムネは心配そうにするが、ソーの意思は固い。香港での戦いを経て、彼は一段と使命感を燃やしている。特別作戦群(SFGp)出身として鍛え上げた身体と精神を、ここで発揮せずいつ発揮するのか、と自問しているのだ。

 「分かりました。ボスに相談してみます。もし実働部隊が必要になったとき、ソーさんも一緒に行けるよう取り計らいますから、安静にしてくださいね」
 ムネはそう言って部屋を出て行く。ソーは肩の痛みに顔を歪めながら、次の闘いに備えて心を整え始める。

15.米軍との連携──空母の影

 それから数日が経過。日本政府が国際社会へ呼びかけた結果、アメリカ政府も“必要に応じて軍事支援を行う”という声明を出し、空母「ロナルド・レーガン」を含む一部艦隊が西太平洋での巡航を加速させた。沖縄近海では、日米合同の演習が突貫で準備され、台湾側も軍備増強を急いでいる。

 中国軍の関羽瑠は、これを受けてさらに潜水艦を増派し、香港や南シナ海からも艦船を招集。日本と中国の軍事衝突は、いまや秒読み段階に入っていた。

 首相官邸では、軍事衝突を回避するための外交交渉が模索されているが、関羽瑠が主導する強硬派は話し合いに応じる気配がない。むしろ「日本が捏造文書をばらまいた!」と国内で宣伝し、中国国内の世論は愛国ムードで盛り上がっているのだ。引き返しにくい状況を自ら作り出し、戦争突入の口実を膨らませているといえる。

16.新たなミッション──「センター」本土司令部への奇襲

 そんな中、JSIA本部に意外な報が飛び込んだ。“張飛”=劉志鵬が中国本土で極秘の指令拠点を運営しているという情報である。これは香港で“センター”の通信を傍受した際に出てきた断片を、ノブが徹底的に解析した結果判明したものだ。

 「周平金や関羽瑠からの指令は、この“張飛”が本土側で受けて香港に流していたという記録がある。もしかすると、今でもそこが中国軍の諜報活動の中心になっているかもしれない」
 ノブは地図をスクリーンに表示し、ボスやイッチ、マッチョ、ムネらに説明する。

 「本土の深いところにある施設ですが、もしそこを叩けば関羽瑠の軍事作戦も大きく揺らぐ可能性がある。潜水艦の展開計画もここで管理されているらしい。……でも、さすがに本土に直接乗り込むのは無謀じゃないか?」
 ムネが疑問を呈する。たとえ特殊部隊として優秀なJSIAでも、中国の領土へ潜入して破壊工作や逮捕作戦を行うのは容易ではない。

 イッチも腕を組んで考え込む。
 「これがもし外征作戦なら、自衛隊が動けるわけもない。政治的リスクが大きすぎる。だが、ここまで来て中国軍の侵略を止めるには、彼らの中枢を揺さぶるしかない……」

 ボスは静かに言葉を続ける。
 「欧米の情報機関、特にCIAやアメリカ軍の特殊作戦部隊と共同でやれないか打診してみる。彼らも中国が暴走すれば太平洋全体の脅威になると危惧している。もし米国側が本土施設の破壊を選択肢として検討しているなら、我々も協力できるかもしれん」

 マッチョが低く唸る。
  「下手をすれば世界大戦……だが、敵の指令部を絶てば膠着を打開できる可能性がある。政治がどこまで容認するかだが……」

 そこに肩を抱えたソーが現れ、まだ痛々しい面持ちで言う。
  「俺も参加させてくれ。香港の“センター”を潰したときと同じように、本土側も破壊できれば中国の侵略が一気に鈍るはずだ。時間がないからこそ、奇襲が有効だ」

 周囲は一瞬驚き、「怪我しているのに無茶だ」と止める声が上がるが、ソーの目には強い決意が宿っている。ボスはしばし沈黙した後、微かに微笑む。
  「……分かった。まだ確定したわけじゃないが、もし米国や欧州の特殊部隊と共同作戦が具体化したら、君にも声をかける。だがまずは政治決断を待つ必要がある」

 ソーは肩の痛みをこらえつつ頷く。眼差しには揺るぎない覚悟があった。

17.終末へのカウントダウン

 こうして第6章は、世界が一触即発の危機を迎えた状態で幕を下ろす。尖閣諸島と台湾南方は、いまだ中国海軍が“救助”を名目に居座り、日本や台湾、米国との衝突が現実味を帯びている。しかも、中国軍の潜水艦部隊がアジアの海域に広範囲に配備され、いつミサイル発射に踏み切ってもおかしくないとの恐れすらある。

 しかし、日本政府が公表した証拠により国際世論は変わりつつある。中国が仕組んだサイバー攻撃と偽装工作は多くの国の目に触れ、批判の声が強まっているのも事実だ。米国も空母を西太平洋へ急行させ、台湾や日本を支援する姿勢を示し始めた。

 関羽瑠のタカ派路線が周平金を押し込み、また周囲の軍閥もそれに同調している限り、開戦は避け難いのかもしれない。そんな情勢の中、JSIAと国際的な情報機関が最後の手段として、“張飛”や中国軍の中枢を直接叩く「極秘特殊作戦」を検討し始めている。

 **次章(第7章)**では、いよいよ小規模ながらも実際の武力衝突が発生し始める様子や、JSIAメンバーによる潜入作戦が描かれることになるだろう。日中戦争という最悪のシナリオを回避できるか否か、物語はさらに激しく、そして危険な段階へ突入していく。

第5章 夜の香港、交錯する諜報戦

第7章 揺れる海と潜航する影

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