第8章 闇に潜む余党と銃火の大地
1.「センター」残党の影
前章で、JSIA(日本秘密捜査局)のメンバーは米軍特殊部隊とともに中国本土の潜水艦司令部を奇襲し、劉志鵬(りゅう・しほう)――通称「張飛」の身柄確保に成功した。これによって中国海軍の潜水艦運用は混乱に陥り、尖閣や台湾周辺の軍事行動が一時的に減速した。しかし、それは一時の安堵に過ぎない。
香港拠点で破壊されたはずのハッカーチーム“センター”はリーダーのゼロ以下、主要メンバーが拘束されたものの、完全に壊滅したわけではなかった。一部のメンバーや協力者がまだ中国本土やマカオ、東南アジア各地に逃亡しているとの情報が浮上したのだ。CIAや各国の情報機関が断片的な通信を傍受し、再結成の動きがあることを警告していた。
「“センター”は5人だけのハッカー集団じゃない。実質リーダー格のゼロら幹部数名を香港で捕まえはしたが、周辺に外注されていた協力ハッカーや資金ルート担当がまだ潜伏している可能性が高い。そこを完全に潰さなければ、またサイバー攻撃が復活するだろう」
JSIAのIT担当、**山本伸吉(ノブ)**はボス(栗山秀和)や他のメンバーにそう告げる。
実際、台湾南方では未だ通信妨害が散発しており、中国本土のどこかから攻撃が行われていると考えられていた。さらには尖閣付近でも官庁間通信を狙った不審アクセスが急増している。劉志鵬を捕らえ、中国軍の司令部を破壊したとはいえ、完全解決には至っていないのが現状だった。
そこでJSIA本部は再度、“センター”残党を徹底的に洗うことを決定する。すでに香港での作戦を終えた時点で「センターは壊滅した」と思われていたが、新たな情報から少なくとも7名の協力者や幹部補佐が逃亡中であり、本土や近隣国を転々としているらしい。
「名残の“センター”を残せば、再度の大規模サイバー攻撃が起こりうる。尖閣と台湾がまだ危険な状況で、それは絶対に避けたい」
リーダーのボス(栗山)はそう強い口調で言い放つ。
「暗殺を辞さない」――これが日本政府上層部からの黙示でもあった。表向きには決して認められない非合法な手段だが、それほど切羽詰まった事態だということだ。
2.JSIAの暗殺作戦
これまでは「センター」の本拠地を制圧し、逮捕や破壊によってサイバー攻撃を阻止してきたJSIA。しかし、今回の指令はさらに凶暴な色合いを帯びていた。一人ひとりを闇から葬り去る――いわば非正規戦の典型である「斬首作戦」に近い。標的は「センター」の海外拠点を再興しようとしているリーダー格の残党たちだ。
ある晩、JSIA本部の地下会議室で簡素なブリーフィングが行われる。スクリーンには、「センター」残党と疑われる人物の写真や経歴が次々と映し出される。ノブの解析により割り出した7名の「優先排除対象者」は、いずれもハンドルネームや偽装身分を使い、香港や中国本土のIT企業と繋がっている。中には中東や東欧に潜伏している者もいるらしいが、大半はまだアジア圏にいるとみられる。
「奴らは中国軍諜報部“張飛”から独立した存在だったが、軍部と資金的・技術的に協力していた。ボスであるゼロが捕まった今、分散して地下に潜ろうとしているが、再集結すれば再び強力なサイバー攻撃が可能になる。それを防ぐのが今回のミッションだ」
ノブの説明を受けて、**鈴木一歩(イッチ)**が肩をすくめる。
「暗殺、か……やりたかねえが仕方ない。大義名分は“日本を守るため”なんだろうが、心穏やかじゃないな」
元陸自特別作戦群出身の**大谷聡平(ソー)**も同じく苦い表情を浮かべるが、香港以来の激闘を経て彼の目つきはさらに鋭さを増していた。
「奴らが再び動き出せば、尖閣だけでなく日本本土も、台湾も、世界中が危機に陥る。正直、心は痛むが……ここで止めねばならない」
チームメンバーの吉田尚也(マッチョ)や村上宗徳(ムネ)も複雑な思いを抱えつつ、ボスの指示に従う決意を固める。パイロットの佐々木喜朗は現地移動や緊急離脱のサポートに入る予定だ。ノブと峰不二子は国内での後方支援およびリアルタイム諜報解析を担当する。
ボス(栗山秀和)は一同を見渡し、重々しい口調で言う。
「我々JSIAは表立った存在ではない。政治家も汚れ仕事を表に出せないからこそ、こういうミッションが舞い込む。……誇りに思うわけにはいかないが、国家を守るための最終手段だ。くれぐれも慎重に動いてくれ」
3.台湾での作戦
最初の標的は台湾にいるとされる「センター」の元メンバー。コードネーム**“コードD”**と呼ばれる30代男性ハッカーだ。かつてゼロと一緒に香港の拠点で働いていたが、香港制圧の直前に脱出し、台湾南部へと密入国したらしい。台湾政府も中国軍の圧力に忙殺されており、国内の闇市場を取り締まる余力がない。この“コードD”が台湾経由で国外逃亡し、他の残党と合流する前に排除する必要がある。
数日後、ソーとマッチョ、ムネは佐々木の操縦するガルフストリームで台湾・高雄の空港に降り立つ。表向きは「日本の民間企業関係者」の偽装身分で、徹底的に足がつかないよう工作済みだ。イッチは別任務で香港へ飛び、並行してほかの残党を追う段取りである。
高雄市内の安宿に潜伏したソーたちは、ノブからのリアルタイム情報をもとに“コードD”の所在を探る。どうやら彼は台湾の犯罪組織「三環会」(仮称)と接触し、偽造パスポートや資金の援助を受ける見込みがあるという。もしそれを成功させれば、マレーシアやフィリピンを経由して欧州へ逃げる恐れが高い。
「俺たちが動けるのはわずか数日のうちだな……」
マッチョが腕を組む。ソーはホテルの部屋から双眼鏡で街を見下ろし、険しい眼差しを向ける。
「台湾政府に頼めば捜査協力も得られるだろうが、政治的に複雑だろう。中国軍との対立を抱えている状況で、こういう影の作戦にリソースは割けないはず。……暗殺しかないか」
ムネは苦渋の表情を見せつつも、小さく頷く。
「……やりましょう。奴が再びサイバー攻撃を主導すれば、台湾だって危ういんです。ここで仕留めるのが双方のためかもしれない」
3-1.台湾南部での張り込み
翌日、ソーたちはノブの解析した「三環会」の事務所らしき建物を張り込みする。そこは高雄市郊外の工業地帯にあり、一見して一般企業の倉庫に見えるが、裏には黒塗りの車が頻繁に出入りしている。裏社会の拠点である証拠は明白だ。
夜が更けると、ムネが倉庫周辺に潜り、窓やドアから中の様子を盗み見る。中には十数名の組員らしき男たちが武器を持ち、テーブルで札束を数えている。そこに一人だけアジア系だが雰囲気の違う男がいた。短い髪に痩せた体つきの30代。写真の“コードD”によく似ている。
(あいつが“センター”残党か……)
ムネは息をのんでズームレンズ越しに確認する。男は組員のボスと思われる人物と何かを交渉しているのか、大きなバッグを渡し、代わりに何かの書類を受け取っている様子だ。
「こいつが偽造パスポートか……くそ、間に合ったのかギリギリだ」
ムネはすぐさまソーへ連絡。ソーとマッチョは周囲の警戒を高めつつ、対象の暗殺に踏み切るか迷う。相手は裏社会の組織で、警備も固い。真正面から突っ込めばこちらもタダでは済まないだろう。
3-2.夜の倉庫、暗殺の刃
結局、ソーたちは機を見て強行突入を決意する。もし“コードD”が今夜中に倉庫を出発すれば、翌朝には国境を越えられるかもしれない。政治的にややこしいが、台湾政府に通告している時間はない。あくまで**迅速な「影の作戦」**が求められる。
深夜、倉庫の裏口付近。マッチョとムネが静かに扉を開錠し、室内に閃光弾を投げ込む。**バン!**と強烈な閃光が炸裂し、組員たちが悲鳴を上げて混乱する。続けてソーがサプレッサー付きピストルを構え、最短距離で倉庫内部へ突撃。驚いた組員が拳銃を取り出すが、ソーの速射が先に命中し、組員の腕を撃ち抜いて沈黙させる。
「何だ! 何だ!?」
倉庫内は大パニック。マッチョは二人の組員を体当たりで弾き飛ばし、ムネは素早い動きで後方から銃を突きつけ、動きを封じる。
そこに“コードD”が目を血走らせて現れ、AK系の自動小銃を乱射しようとする。しかしソーがいち早く反応し、至近距離からヘッドショット。乾いた音とともに“コードD”は勢いよく後ろへ倒れこむ。マッチョとムネは周囲の組員を警戒しながらも、その光景を瞬時に確認する。
(……命中したか。)
ソーは肩の痛みに歯を食いしばりながら、銃口を下げる。“コードD”は即死と見られた。これで台湾に潜む“センター”残党の再結集は阻止できたはずだ。
組員たちは激昂し、「何者だ貴様ら!」と叫びながら銃を乱射してくるが、JSIAが隙を与えることなく攻撃を制圧。数人が負傷して倒れ、一部は出入口から逃げ出す。ソーたちは深追いせず、倉庫奥の机から書類やPCらしきものを回収し、速やかに脱出を図る。台湾警察が介入すれば事態が大きくなるため、現場にはこれ以上留まれない。
倉庫を出たあと、路上で待機していたワゴン車に乗り込んだマッチョが息をついて呟く。
「……これでいいのか。結局暗殺じゃないか」
ソーは拳銃をホルスターに戻し、苦い顔を見せる。
「仕方ない。奴が再結成に成功すれば、多くの人命が危険にさらされる。……行こう、ここに長くいれば警察が来るし、組織の連中も追ってくる」
こうして台湾での急襲作戦は幕を下ろし、“コードD”は暗殺された。表向きは裏社会同士の抗争による死亡事件、として報道される可能性が高い。台湾政府も中国軍問題で手がいっぱいであり、深く捜査に乗り出す余裕はないだろう。
4.香港に戻ったイッチの奮闘
一方、**鈴木一歩(イッチ)は単独で香港に飛んでいた。香港制圧作戦ののち、CIAや香港警察が“センター”の主要メンバーを逮捕したが、「ムック」や「ホイール」**らの一部は拘束されてもすぐに中国当局へ引き渡されるなどして所在が曖昧になっていた。また、別の協力者が潜んでいるとの情報が浮上している。
イッチはかつて香港で潜入経験があり、地理にもやや精通している。現地の協力者を通じて情報収集を進める中、「センター」の逃亡メンバーと思しき人物が九龍半島の裏社会に関わっているという噂を聞きつけた。そこで、イッチは再び裏社会のブローカーに接触し、この人物の居場所を探り始める。
4-1.老獪なブローカー
九龍の雑居ビルの一室。イッチは華人のブローカー、**李健明(り・けんめい)**と再会していた。過去にもこの男はJSIAに情報を流してくれたことがある。表向きは貿易商だが、裏では香港の闇経済に詳しく、信頼できる協力者だ。
「イッチさん、久しぶりだね。こないだの騒ぎ(“センター”襲撃)で香港はだいぶ物騒になった。警察も中国政府の圧力で動きづらい状況だが……まあ、俺はしぶとく生きてるよ」
李は苦笑いして紅茶を啜る。
イッチは微笑み返す。
「お前さんの情報力は信じてる。頼む、俺たちがまだ仕留めてない“センター”の残党が香港で暗躍してるらしいんだ。そいつらが再びサイバー攻撃を仕掛ける恐れがある。どこに潜んでるか知らないか?」
李は目を細め、しばらく考えるそぶりを見せた。
「実は最近、**旧市街のほうで中国人ハッカーらしき連中が身を潜めているという噂を聞いた。名前までは分からないが、3人組で、以前香港警察に追われていたらしい。どこか小さな事務所を借りて夜中に活動しているそうだ」
イッチは暗い顔でうなずく。
「3人か……“ホイール”や“ブラスト”といった連中かもしれん。あるいはそれを支えるIT協力者がいるのかも。そこを突き止めれば、また大規模なサイバー拠点を作る前に潰せるな」
「だが、気をつけろよ。奴らも下手に動けばすぐに中国当局へ情報が漏れる。しかも、香港警察も表立っては動けないが、影で外国工作員の取り締まりを強化してる。イッチさんが見つかれば面倒だぞ」
李の忠告に、イッチは苦笑する。
「分かってる。だが、俺にはこの仕事しかない。……で、場所は?」
李はノートにさらさらと地図を描き、イッチへ渡す。雑居ビルの通り名やフロアの番号らしきものが示されていた。そこはかつて警察の立ち入り捜査があったが、今は放置されている建物らしい。
4-2.香港旧市街での暗殺
イッチは拳銃(サプレッサー付き)と小型ナイフを持ち、夜陰に紛れてその雑居ビルへ向かう。建物は古びており、外壁の照明はほとんど機能していない。内部はゴミが散乱し、何のオフィスが入っているかもわからない状態だ。
深夜2時ごろ、イッチは階段を静かに上り、指定されたフロアへ到達。ドアには「コンサルティング会社」と書かれたプレートがあるが、明らかに偽装だろう。ドアの下からはわずかに光が漏れている。中からは人の話し声が聞こえる。
(……3人いるか?)
イッチは耳を澄ます。中国語と英語が混ざった会話が小さく聞こえ、PCのファンの音も感じられる。明らかにサイバー作業をしている雰囲気だ。ここに潜むのが“センター”の逃亡メンバーなら、必ず排除する必要がある。
イッチはピックツールを取り出し、ドアのロックを解錠。サプレッサー付き拳銃を右手に握りしめてドアをそっと開く。部屋の奥にはPCが5、6台ほど稼働し、モニターが並んでいる。そこに30代くらいの男女2人と、40代らしき男1人が向かい合って座っていた。狭い室内にぎっしりと通信機材が置かれている。
3人とも気配に気づくのが遅れた。イッチが素早く室内へ滑り込み、**パン! パン!**と銃を2度撃つ。1人の男と1人の女が即死に近い状態で倒れ、残る男が悲鳴を上げたが、イッチは迷わずもう一発を胸に撃ち込む。
「ぐああ……」
男は血を吐いて崩れ落ちる。一瞬で静寂が戻り、部屋には機械の唸り音だけがこだまする。イッチは周囲を警戒しつつ、倒れた3人を確認する。誰も動かない。おそらくこのまま絶命するだろう。
「……すまない、これも仕事だ」
イッチは呟き、3人の顔を確認してカメラに収める。ノブが集めた指名手配リストにある“ホイール”本人かどうかは顔写真が不鮮明なので判断が難しいが、恐らくは協力者か別の幹部だろう。いずれにせよ“センター”の技術者がまだ香港で活動していた事実を示す。
念のためPCに繋がれている外部ストレージを外し、手荷物に入れる。機密情報があるかもしれないからだ。残りのデスクトップは、イッチが端末を操作し、ログイン済みの画面を調べる。そこには「中国本土のサーバー」へのアクセスログが映し出されている。やはり海外から中国軍系のネットワークへ潜り込み、何らかの作業をしていた形跡がある。
「これで少しは奴らの再結成を阻めるか……」
イッチはそう呟くと、サプレッサー付き拳銃をホルスターにしまい、部屋を後にする。香港警察や近隣住民に警戒される前に素早く退散しなければならない。死体3体が見つかれば、また大騒ぎになるが、裏社会が入り乱れる香港では闇に葬り去られる可能性もある。
5.中国軍の警戒と発覚
こうしてJSIAメンバーはそれぞれのターゲットを粛々と排除していった。台湾、香港、さらにイッチがその後マカオに飛び、逃亡していた1名を「不審死」に偽装して仕留めるなど、数日~数週間のうちに5名を立て続けに処理する。
だが、いくら闇の仕事とはいえ、これだけ集中して「謎の殺人事件」が起きれば、中国軍や諜報部門も察知する。とりわけ“張飛”のトップ・劉志鵬が捕らえられた今、関羽瑠将軍は神経を尖らせていた。情報部からは「日本の秘密機関が裏で動いているらしい」との報告が上がっており、関羽瑠は激怒して新たな方針を打ち出す。
「よいか。日本の工作員がわが国の協力者を次々に暗殺している。容赦はするな。見つけ次第、即時射殺だ。周辺国でも同様に警戒を強化し、彼らを一網打尽にせよ」
関羽瑠は人民解放軍の一部精鋭部隊に“海外追撃”を命じる。これに呼応し、香港やマカオ、東南アジア各地で不穏な中国軍特殊部隊の動きが観測され始めた。
6.大規模銃撃戦への序曲
JSIAメンバーの暗殺作戦はおおむね順調に進んだが、それが**“センター”残党の最後の一人を仕留めようとしたところで、大きなトラブルが発生する。ターゲットの名は「チェン」**(仮名)という40代の中国系ハッカーで、香港や中国本土で“ムック”と並ぶソーシャルエンジニアとして名を馳せていた人物だ。彼は現在、上海近郊の某所に潜んでいるとの情報がノブからもたらされる。
上海は中国本土の大都市であり、警察力や中国軍の監視も相当に強い。そこへ侵入して暗殺を行うのはきわめて危険だが、放置すれば“チェン”が新たな拠点を興し、中国軍の要求に応じたサイバー攻撃が再開される可能性が高い。しかも、「チェン」は怪しい軍関係者とのパイプも持っているという。
「ここまで来たら引き返せない。最後の一人“チェン”を潰せば、“センター”は完全崩壊だ」
ソーはそう意気込み、イッチやマッチョ、ムネも同意する。だが、ボスは慎重だった。
「上海はかなり危険な地。しかも最近、中国軍の特殊部隊が海外だけでなく国内でも“反スパイ”の名目で活動しているらしい。万が一見つかれば捕虜や即決処刑のリスクが高いぞ」
しかしながら、台湾や尖閣はなお予断を許さない情勢だ。中国軍は潜水艦司令部を壊されたうえ、“センター”の主要人材を次々失いつつある。それでも関羽瑠将軍は強硬な姿勢を崩さず、次なる軍事行動を目論んでいるはず。ここで“チェン”を仕留め、サイバー部門を完全に奪えば、一気に中国の攻撃能力を削ぎ取れるかもしれない。
「行きますよ、ボス。……俺たちで片をつける」
ソーは肩の痛みを未だ抱えていたが、強い決意をにじませる。
こうしてJSIAの暗殺チームは上海近郊への潜入を決行する。台湾や香港での作戦よりもさらにリスクが高い――**「敵の本拠地」**への再度の乗り込みだ。
7.上海近郊での諜報と発見
数日後、ソー、マッチョ、ムネは上海郊外にある工業団地の一角で“チェン”が潜伏しているとの情報をつかみ、夜間の張り込みを始める。過去の事例どおり、偽装会社のオフィスを借りて深夜に活動しているようだ。付近の監視カメラや中国警察の巡回が多いため、準備を入念に進める。
ところが、監視を続けるうちに思わぬ事態が判明する。建物から出入りしているのは“チェン”らしき男だけでなく、人民解放軍の装甲車や部隊が近辺を警護している兆候があったのだ。どうやら関羽瑠将軍が上海近郊に新しい拠点を構築し、「チェン」と手を組んでいる可能性がある。
「これは単なるハッカー隠れ家じゃない。もっと大掛かりな軍施設かもしれない」
マッチョが双眼鏡を下ろして語気を強める。ソーとムネは厳しい表情で頷く。
このままでは単独の暗殺では済まない。下手をすると大規模な戦闘に発展する恐れが大だ。ノブからのオンライン連絡によれば、中国軍が上海周辺の防衛を強化し、「外国のスパイが潜入している」という情報を得て厳戒態勢に入ったという。
「最悪のタイミングだな……」
ソーは呟くが、それでも引き下がるわけにはいかない。もし「チェン」の存在を野放しにすれば、尖閣や台湾への攻撃が再燃する可能性は高い。
8.暗殺の試みと中国軍の察知
そして迎えた深夜、ソーらは工業団地の敷地外周からこっそり侵入を試みる。ムネが先行してフェンスを切断し、マッチョが周囲を見張る。ソーは肩の具合に配慮しつつもライフルを構えて警戒に当たる。だが、まさにそのとき――ドローンの翼音がわずかに聞こえてきた。
(しまった、ドローン監視か……)
ソーが咄嗟に頭を伏せるが、ドローンのカメラはすでに彼らを捉えたらしい。工業団地の建物からサーチライトが照射され、拡声器の中国語アナウンスが響き渡る。
「ここは軍事施設である。侵入者は武装警察が即時排除する! 動くな!」
遠方から装甲車のエンジン音が聞こえ、どこかでサイレンが鳴り始めた。どうやら完全に発覚してしまったようだ。
「やばい、急げ!」
マッチョが叫び、ムネが非常口に向かおうとするが、そこへ銃撃が始まる。工業団地の建物上階から数名の兵士がライフルを乱射してきた。**パンパンパン!**と激しい火花が地面や壁をえぐる。ソーたちは慌てて物陰に隠れ、応戦を開始する。
8-1.激しい銃撃戦
銃撃はすぐに激化の一途をたどる。ソーたち3人vs. 中国軍の一部隊という構図だ。士官クラスもいるのか、相手の射撃は正確で、周囲に何発も着弾する。とてもじゃないが短時間で制圧できる数ではない。
「数が多すぎる……! どうする、マッチョ!? ムネ!」
ソーが汗を浮かべて叫ぶ。マッチョは拳銃を抜きつつ叫び返す。
「逃げるしかねえだろ! 奴らが増援を呼べば終わりだ。とりあえず退避だ!」
ムネも肯定し、牽制射撃をしながらフェンスの破れ目に再び向かおうとする。だが、その付近にも中国兵が回り込んできており、完全に包囲網が形成されつつある。
「くそっ……こんな形で挟撃されるとは!」
ソーは右肩を押さえて苦痛に耐えながら、なんとか反撃の隙を狙う。だが、相手は圧倒的に数が多く、さらにドローンまで上空を旋回して位置情報を送っているらしい。
(もう後がないか……)
追いつめられた状況で、ソーやマッチョ、ムネは必死に頭を巡らせる。何とか逃げ道をこじ開けるには――そう思っていたその瞬間、工業団地の奥から凄まじい爆発が起き、閃光が夜空を切り裂いた。
8-2.謎の救援
ドカーン!と轟音が辺りを揺らし、中国兵たちが一瞬怯む。煙や炎が建物の上階から吹き出し、まるで何者かが爆薬を仕掛けたかのようだ。
「な、なんだ……別の部隊が来たのか?」
マッチョが困惑する。ムネも爆発の原因が分からずキョロキョロするが、その一瞬の隙を突いてソーが思いきり指示を出す。
「チャンスだ! 今なら包囲が乱れてる。走れ!」
3人は一斉に伏せていた場所から飛び出し、フェンスの破れ口を強行突破。数名の中国兵が気づいて銃撃してくるが、工業団地の奥の爆発を警戒していて制圧に手が回らない。ソーたちは必死で弾丸をかいくぐり、何とか外の道路へ転がり出る。
マッチョが周囲を警戒しながら息を乱す。
「誰が爆弾を仕掛けたんだ……? 我々以外にここを襲う勢力があるのか?」
ムネは首を振る。
「分からない。でもおかげで助かった。早く車の場所まで戻ろう!」
ソーは振り返りながら、建物を睨む。遠方でまだ火と煙が上がっている。もしかすると、別の反政府組織や中国内部の反乱分子が動いているのかもしれない。しかし、今はそれを確かめる余裕がない。
8-3.“チェン”を仕留められたのか
銃撃戦の混乱の中で、肝心のターゲット“チェン”を殺れたかどうかも分からない。これが最大の問題だった。もし逃げられたなら暗殺作戦は失敗であり、中国軍の厳戒のもとで彼は保護されているかもしれない。
その懸念を抱きつつも、ソーたちはかろうじて待機中の車に乗り込み、なんとか市街地へ戻る。そのまま潜伏場所を変え、ひとまず中国を脱出する準備を進める。単独ではどうにもならない状況だ。
「作戦は事実上失敗だな。ターゲットを暗殺できたか分からない。しかもこちらの存在がバレた。中国軍が本気で捜索すればすぐに見つかる」
ムネが悔しそうに呻く。マッチョもハンドルを握りしめ、歯ぎしりする。
ソーは肩の痛みで顔をしかめつつ、通信機でノブやボスに連絡を取る。
「……くそ、申し訳ない。あちらも何か別件でトラブルがあったようだが、我々はターゲット確殺までは至らなかった。中国軍との大規模な銃撃戦になってしまった。すでに脱出中だが、今後中国当局が激怒するのは確実だ」
その報告を受けたボスの声も深刻だった。
「仕方ない。よく生きて戻れたな。とにかく今は脱出を最優先しろ。追っ手がかかる前に国外へ出るんだ。……“チェン”については改めて情報を集めよう。あるいは奴が爆発に巻き込まれたかもしれない」
9.大規模銃撃戦の拡大
ソーたちが上海近郊をなんとか離脱した後、現地の工業団地ではさらなる銃声と混乱が広がった。中国軍は「外国スパイが施設を爆破した」と判断し、周辺を完全に封鎖して大規模掃討を開始。結果的に、付近の住民にも多くの犠牲者や負傷者が出るという最悪の事態になってしまう。
世界のニュースでは「上海近郊で謎の爆発と銃撃戦が発生。数十名の死傷者」という報道が流れ、中国当局は「テロリストによる破壊行為だ」と発表。日本でも大きく取り上げられ、一部ジャーナリストは「これは日本の秘密機関が関与しているのでは?」と疑惑を投げかけ始める。尖閣問題や台湾問題が未解決の中で、さらなる国際批判を浴びる恐れがある。
その一方で、関羽瑠将軍は「敵国のスパイが中国領内でテロを起こした」と国内に大々的に宣伝し、「これを徹底的に粉砕すべき」と軍拡を加速させていく。周平金も傀儡として利用され、国内メディアを使って国民の愛国心をさらに煽り立てる。日中の対立はますます深まり、戦争の危機が際立つという最悪の展開へ進んでいた。
10.JSIAの苦悩
日本へなんとか戻ってきたソーやマッチョ、ムネらは、表情に陰りが見える。台湾・香港での暗殺作戦は成功したが、上海作戦は失敗に終わった。そして、その結果として大規模な銃撃戦を誘発してしまい、中国国内に甚大な被害が出た可能性がある。政治的にも大問題だ。
「ボス……申し訳ありません。上海での件、こちらが引き金を引いたわけじゃないが、実質的には我々が混乱を招いた側面はあります」
ソーは肩を落としながらボスに報告する。マッチョやムネも同じく沈痛な面持ちだ。
ボス(栗山秀和)は眉間に皺を寄せて言う。
「責めはしない。お前たちは命がけで作戦を遂行しようとしたんだ。結果がこうなるのは、ある意味運命かもしれん。……しかし、これで中国軍の対日感情は最悪の段階に達した。尖閣、台湾、さらに上海の騒動。戦火が一気に拡大する恐れがある」
ノブがコンソールを操作しながら暗い声で付け加える。
「実際、中国側のサイバー攻撃が再び活発化しているようです。『チェン』が生きているのか、あるいは別の人間が指揮しているのか……いずれにせよ“センター”の火種は完全には消えていない」
こうして、第8章はJSIAが行った一連の暗殺作戦によって、「センター」の残党をかなり削いだものの、最後の核心メンバーの暗殺に失敗し、中国軍との大規模銃撃戦を引き起こしてしまったところで幕を下ろす。
事態はさらに悪化の方向へ向かい、日中間の緊張は極点に達しようとしている。関羽瑠将軍はこれを口実にさらなる軍事オプションを検討し、尖閣や台湾を巡る武力行使を本格化させるだろう。いわば「小規模な衝突から本格戦争へ」という悪夢のシナリオが現実味を帯びる。 次なる第9章では、いよいよ日中双方が開戦へ向かう最終局面へ突入し、JSIAメンバーも銃火のなか直接的な戦争の只中へ巻き込まれていくことになる。果たして戦争の行方はどうなるのか、彼らは祖国を守るためにどんな手段を講じるのか――物語はさらなる激動へと進むことになる。
コメント